耐摩耗性樹脂とは?種類の比較・特徴・選び方まで分かる材料選定ガイド

耐摩耗性樹脂を選ぶ際は、「使用条件に合った材質と摺動グレードを組み合わせること」が最も重要です。本記事では、主要な耐摩耗性樹脂(PEEK・POM・PA・UHMW-PE)の特徴や違い、摩耗を左右するメカニズム、摺動グレードによる性能強化のポイントをわかりやすく解説します。さらに、使用条件に基づく最適な材料選定の考え方を整理し、設計者・開発技術者の悩みを解決する実務的な知識をまとめました。

耐摩耗性樹脂の基礎知識と摩耗の仕組み

耐摩耗性樹脂は、単に「減りにくい樹脂」というだけでなく、相手材や荷重、速度、温度などの条件とセットで検討すべき材料です。まずは摩耗の基本を押さえることで、「なぜこの樹脂が長持ちするのか」「どの条件で性能差が出るのか」を論理的に判断できるようになります。

耐摩耗性樹脂の基礎を押さえると、摩耗トラブルの原因と対策が整理できます。

長年、摺動用途向けの耐摩耗性樹脂を開発してきたメーカーとして、摩耗の考え方と評価のポイントを、設計・開発の現場目線で整理して解説していきます。

耐摩耗性樹脂とは何か

結論から言うと、耐摩耗性樹脂とは「繰り返しのすべりや転がり接触があっても、寸法変化や性能劣化が小さい樹脂材料」を指します。一般的な汎用樹脂に比べて、表面が削れにくく、摩擦による発熱や焼付き、異音の発生を抑えられることが特徴です。

金属に比べると樹脂は「柔らかい」イメージがありますが、
・自己潤滑性を持つ樹脂
・ガラス繊維や炭素繊維などで補強された樹脂
・固体潤滑剤を配合したコンパウンド樹脂
などを適切に組み合わせることで、金属部品に匹敵、あるいは用途によっては金属以上の寿命を示すケースもあります。

代表的な耐摩耗性樹脂としては、
・PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)
・POM(ポリアセタール)
・PA(ナイロン系)
・UHMW-PE(超高分子量ポリエチレン)
などが挙げられますが、実際の現場ではこれらに固体潤滑剤や各種フィラーを加えた摺動グレード樹脂が多く使われています。

また、用途や目的に応じた摺動性樹脂の開発実績を持つメーカーでは、既存グレードの中から選ぶだけでなく、「想定条件に合わせて最適化したコンパウンド」を提案することで、より安定した寿命設計を行うことも可能です。

耐摩耗性樹脂は、単に硬いだけでなく、潤滑性や配合設計まで含めて考える材料なんですね。

摩耗が起こる原因とメカニズム

摩耗は、「2つの部材が接触した状態で、相対運動を繰り返す」ことで発生します。設計・材料選定の観点では、主に次のポイントを押さえておくと整理しやすくなります。

・接触のしかた(すべり、転がり、衝撃の有無)
・荷重の大きさと分布
・すべり速度・運転時間
・温度、湿度、潤滑の有無
・相手材の硬さ・粗さ・形状
・摩耗粉の逃げやすさ(清掃性・構造)

これらの条件に応じて、摩耗は大きく以下のようなメカニズムに分類されます。

・アブレシブ摩耗(研磨摩耗)
硬い相手材や異物が柔らかい材料の表面を削る現象。粗さの大きい金属や異物混入がある環境で起こりやすくなります。

・アディーシブ摩耗(凝着摩耗)
接触面同士が局所的に溶着し、その後のすべりでちぎれてしまう現象。荷重が高く、潤滑が不足している条件で発生しやすく、焼付きやスティックスリップの原因にもなります。

・疲労摩耗
繰り返し荷重により、表面近傍に微小クラックが蓄積・剥離する現象。転がり軸受やカムフォロアなどで問題になることが多いメカニズムです。

・腐食摩耗
雰囲気ガスや液体による化学的劣化と機械的摩耗が組み合わさった現象。薬液や水分、ガスと接触する環境では、材質の耐食性も重要になります。

耐摩耗性樹脂を選ぶ際には、「どのメカニズムが支配的か」を想定し、それに強い材料・配合を選ぶことが重要です。例えば、アブレシブ摩耗が支配的な場合は、高い耐摩耗性とともに、相手材との組み合わせで表面圧力を下げる設計が有効ですし、アディーシブ摩耗が支配的な場合は、自己潤滑性や固体潤滑剤の配合が大きく効いてきます。

摩耗のメカニズムを分けて考えると、「どの耐摩耗性樹脂が合うか」が一気に見えやすくなります。

耐摩耗性樹脂の評価基準と試験方法

耐摩耗性樹脂の性能を客観的に比較するには、定められた条件で摩耗量や摩擦係数を測定する摩耗試験が有効です。代表的な評価指標としては、以下のような項目がよく使われます。

・摩耗量(体積摩耗量、質量減少量)
・摩耗率(荷重・距離で正規化した値)
・摩擦係数(静摩擦係数・動摩擦係数)
・摩耗面の状態(段差、傷、移着膜の有無 など)

これらを評価するために、設計・開発の現場でよく用いられる試験方法の一例を整理すると、次のようになります。

試験方法 主な評価項目 代表的な試験条件 評価指標の例 特徴・用途
テーバー摩耗試験 摩耗量 一定荷重で回転盤を所定回転 磨耗減量(mg)、体積摩耗量 樹脂や塗膜の耐摩耗性比較に広く利用
ピンオンディスク試験 摩耗量・摩擦係数 ピンに荷重をかけ円盤上を摺動 摩耗率、動摩擦係数 摺動部品の組み合わせ評価に適する
往復すべり試験 摩耗量・摩擦係数 一定ストロークで往復運動 摩耗量、摩擦係数の変化 リニアガイドやスライダー用途の検討に有効
実機相当条件での社内評価 寿命・外観・異音 実際の荷重、速度、温度で長時間評価 寿命時間、異常発生の有無 カタログ値では見えない実使用での信頼性確認

カタログに記載された耐摩耗性の数値は、こうした試験方法に基づいて整理されていますが、注意すべき点は「試験条件が異なれば結果も大きく変わる」ということです。荷重・速度・温度・相手材などが変わると、同じ材料でも寿命が大きく変わるため、設計段階では次のような考え方が重要になります。

・まずカタログ値で候補材料をスクリーニングする
・想定使用条件に近い条件で試験データを確認する
・可能であれば、実機または実機に近い試験で最終確認する

用途や目的に応じた摺動性樹脂の開発実績と各材料ごとの性能評価データを持つメーカーに相談することで、「カタログにはない条件でのデータ」や「類似用途での実績」に基づいた具体的なアドバイスを得ることができます。

摩耗試験の種類と見方が分かると、どの耐摩耗性樹脂を選ぶべきか、データから判断しやすくなりますね。

耐摩耗性樹脂の種類と特徴

耐摩耗性樹脂と一口に言っても、ベース樹脂の種類や添加剤の有無によって性能バランスは大きく異なります。ここでは産業用途でよく使われる代表的な樹脂の特徴と、摺動グレードによる強化技術、さらに用途別の選定ポイントを整理して解説します。

よく使われる耐摩耗性樹脂の「得意・不得意」を押さえると、材料選定の精度が一気に上がります。

主要な耐摩耗性樹脂(PEEK・POM・PA・UHMW-PE)の比較

代表的な耐摩耗性樹脂として、PEEK、POM、PA、UHMW-PEがよく検討されます。それぞれに得意分野があり、「どれが一番良いか」ではなく、「どの条件に最も適しているか」で選ぶのがポイントです。

以下に、代表的な物性傾向と用途イメージを一覧にまとめます(実際の数値はグレードにより変動しますが、ここでは比較の方向性を示しています)。

材料名 耐摩耗性の傾向 耐熱性の傾向 吸水性の傾向 主な用途イメージ
PEEK 非常に高い(高荷重・高温下でも安定) 非常に高い(連続使用温度約250℃クラス) 非常に低い 高温下の摺動部品、精密ベアリング、過酷環境向け部品
POM 高い(一般機械要素で実績多数) 中〜やや高い 低い ギア、カム、スライダー、プリンター部品など
PA(ナイロン系) 中〜高い(グレードにより幅が大きい) 中〜高い 中〜高い(吸水による寸法変化に注意) ローラー、スプロケット、一般産業機械部品
UHMW-PE 非常に高い(すべり性・衝撃性も良好) 中程度 低い ライナー、シュート、搬送部のすべり板など

PEEKは高温・高荷重環境でも摩耗が少なく、クリープや熱変形にも強いため、過酷条件での耐摩耗性樹脂として有力な候補になります。一方で材料コストは比較的高いため、「そこまでの性能が必要か」を見極めることが重要です。

POMは寸法安定性と加工性に優れ、機械要素部品の標準材として多く採用されています。ギアやカム、プリンター部品など、長年の実績があるため、基準材料として位置付けやすい樹脂です。

PA(ナイロン系)は強度・靭性に優れ、摺動にも比較的強いものの、吸水による寸法変化や物性変化に注意が必要です。水回りや高湿度環境での使用では、設計マージンを多めに取るか、吸水影響の小さいグレードを選ぶことがポイントになります。

UHMW-PEは非常に低い摩擦係数と高い耐摩耗性、衝撃性を持ち、搬送ラインのライナーやすべり板などで活躍します。高荷重・高精度が求められる摺動よりも、「低摩擦で流しやすくしたい」「摩耗粉を嫌う用途で長寿命にしたい」といった場面に向いています。

摺動グレードなど耐摩耗性樹脂を強化する技術

同じ樹脂でも、「ベース材そのまま」と「摺動グレード」では、摩耗寿命や摩擦係数が大きく変わります。摺動グレードの耐摩耗性樹脂は、以下のような技術で性能を高めています。

・固体潤滑剤の添加(PTFE、グラファイト、MoS₂など)
・ガラス繊維や炭素繊維による補強
・特殊フィラーによる熱伝導性・剛性の向上
・添加剤の組み合わせと配合比最適化によるトータルバランス調整

これらの設計により、
・摩擦係数の低減
・発熱の抑制
・荷重分担性の向上
・摩耗粉の発生量低減
といったメリットが得られます。

長年、摺動用途向けに開発されてきた自社コンパウンド材料(例:レーザービームプリンター向け軸受に採用されているNIXAMシリーズ)では、こうした技術を組み合わせることで、「高い耐摩耗性」と「静音性」「耐熱性」など、用途に応じたバランス設計を行っています。

ベース樹脂だけでなく、摺動グレードの設計思想まで見ると、本当に適した耐摩耗性樹脂が見えてきます。

汎用品のPOMやPAで摩耗寿命が不足している場合でも、適切な摺動グレード樹脂に切り替えることで、部品寿命が数倍〜数十倍に伸びるケースも珍しくありません。「ベース材を変える前に、まず摺動グレードを検討する」というアプローチも有効です。

用途別に最適な耐摩耗性樹脂を選ぶポイント

耐摩耗性樹脂の選定では、「どの樹脂が一番硬いか」「カタログの摩耗量が小さいか」だけで判断すると、実機条件とのギャップが生まれやすくなります。実務的には、以下のような観点で絞り込むことが重要です。

・荷重と速度(PV値)のレベル
・使用温度(常温〜高温、温度変動の有無)
・潤滑条件(無潤滑、グリース、オイルミスト など)
・相手材(鋼・アルミ・樹脂・ゴムなど)と表面粗さ
・要求される寸法精度・クリアランス
・許容コスト、期待寿命(交換周期)

例えば、
・高温・高荷重・高PV値 → PEEK系や専用コンパウンドを優先
・常温〜中温・中荷重で量産機構部品 → POM系摺動グレードを軸に検討
・摩耗粉を嫌う搬送ライン・シュート → UHMW-PEなどの高すべり性樹脂
・水分が多い環境 → PAの吸水影響に注意しつつ、別材や専用グレードを選定
といったように、「条件ごとの得意分野」に合わせて候補を絞り込みます。

使用条件と得意分野をマッチさせることで、耐摩耗性樹脂の性能を最大限に引き出せるんですね。

さらに、用途や目的に応じた摺動性樹脂の開発実績と、各材料ごとの性能評価データを保有しているメーカーに相談することで、
・似た条件の試験データや実績情報
・標準グレードで足りない場合のカスタムコンパウンド提案
・設計条件に応じたクリアランス・形状のアドバイス
といった具体的なサポートを受けることができます。

耐摩耗性樹脂の選定に迷った段階で早めに相談いただくことで、「試作してからやり直し」になるリスクを減らし、短期間で最適な材料にたどり着くことが可能になります。

著者プロフィール

株式会社ニックス 経営企画室 室長

神奈川県鎌倉市出身。東京理科大学卒業後、自動車業界を経て2007年に株式会社ニックスへ入社。
生産革新グループ、原価管理室、工程管理グループリーダーを経て現職。
自社製品の原価計算や生産ラインの工程改善、基幹システム導入・立ち上げ、コーポレートサイト構築など、幅広い業務に携わる。現在はIR(投資家向け広報)業務も担当し、経営と現場をつなぐ要として活躍中。

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